清酒という名称
日本で清酒という名が定着したのは、比較的新しい。明治維新になってほとんどすぐ、一八七一(明治四)年七月、太政官布告「清酒濁酒醤油鑑札収与並ニ収税方法規則」が出された。誕生したばかりの政府財政を早急に補填する必要があったのである。明治政府の財政基盤となった地租改正が、この二年であったことから見ても、酒は税金をとる側にとっても「おいしい」ものであったのだろう。太政官布告では清酒と称したのは、濁酒以外の酒の集合的概念であったと思われる。日本の清酒の濫觴(らんしょう)は、戦国時代の末期の奈良における僧坊酒「奈良諸白」で澄み酒といわれた。
☆★☆★☆★おすすめサイト情報☆★☆★☆★
ウェルカムボード
レジャー総合
コスメグッツ通販
ビジネスワールド紹介
ライフレシピナビ
医学プラザガイド
オンライン通販情報
学習らんど紹介
リゾート総合
美容整形紹介
最強のビジネス紹介
快適生活ナビ
健康プラザ検索エンジン
ショッピングスタジオ情報
学習総合
ドライブ旅行総合
美容・エステ総合
ビジネス支援紹介
生活雑貨情報
健康家族検索エンジン
お取り寄せショッピング情報
教育システム全国情報ガイド
旅行・地域情報総合
美容全国通信ガイド
経済支援紹介
よくばり生活情報
治療・生活習慣病関連最新の健康総合
家電・癒し関連ショッピングサロン情報
その後の鴻池清酒発明伝説-丁稚が主人の叱責(しっせき)に怒って酒桶に灰を投げ入れたところ、酒が清澄となったという-は、もう少し後の話である。元禄時代となって、諸白酒は日本酒の主流となって、現在の清酒に引き継がれていく。酒の技術はそうであっても、名詞としての清酒が登場するのは江戸時代中期以降である。たとえば、十八世紀中頃の濁酒の製造を制限した仙台藩の文書「清酒屋濁酒御役相改候事」に、やっと散見される。それまで、諸白酒とか菊酒、練酒(ねりざけ)とかの名前は出てきても、総称としての清酒は文献に現れてこないのだ。たんに「酒」ばかりである。