トーマス・マンは当時ハンザ同盟に属していたリューベックの富裕な家庭に生まれた。父親のヨハン・ハインリヒ・マンは市議員まで務めた穀物を扱う豪商であったが、トーマスが16歳のときに亡くなっている。それをきっかけとしてマン家の商会は解散し、一家はミュンヒェンに移りそこで1891年から1933年まで暮らした。トーマスはギムナジウムへ通うためリューベックに留まったが、彼はその頃から詩や短編小説を発表している。1893年には学校を退学し、家族のいるミュンヘンへ移り、火災保険会社で無給で働きながら小説を書き始める。その後、トーマスは兄のハインリヒと共にイタリアのパレストリーナで一年を過ごしている。
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マンが小説家としての名声を獲得したのは1901年に発表された、自身の家族をモチーフとした『ブッデンブローク家の人びと』である。また1903年にはマンの代表作の一つである『トーニオ・クレーガー(トニオ・クレーゲル)』が発表されている。